考え事をしていたら、左脳がひりひりしてきた。
言語や思考を司るのはもっぱら脳の左側らしく、思いもよらず片側だけ酷使していたようだ。
調べると、歌詞のない音楽や絵などをみるといいというのでやってみた。少しはましになったかな、何でも言葉で処理しようとする頭をたまには休めなければならない。楽しくてもやり過ぎるとひずみが出る。
日本へ帰って一年がたった。振り返れば変化の多い日々、体感ではもっと時間がたったような気がしている。まだ1年か。
その時々の状況に合わせて動いているので、目標や夢とはまるで縁のない人生。「あ、いまだ」という直観がいつ降ってくるやも知れず、一年先だってどうしているかもわからない。
思いついて勉強を始め、それを使って仕事をしている。はて、かっちりと目標を立てた覚えはないのに、勝手に、今ここにいる。誰の人生なのだろう、あ、私か。
自分のことなのになかば他人事、いつからこうなったのだろう。環境や天災だけでなく、自分の思いもどうにかできる代物ではないと思うようになったからかもしれない。
「こうでなければならない!」という思いが苦しみを生むと気づいたので、そんなもの持たないようにした。
思いも天からの賜りもの、環境にも思いにもすべてに受け身になって、そういうものだと受け入れる。自分の人生をつくるのは自我ではない、何か得体のしれない大いなるものだ。
そうとわかれば自我の気持ちは楽にして、思いが降ったりわいたりするのを待っている。右か左か、どちらの道に行ってもその現実を自分で引き受けて、やる。
一寸先は、何?闇かどうかもわからない、渾沌としていてはっきりしない。
急な「これだ」に乗っかっていったらどうなるか、起きたことをそのまま受け入れていたらどうなるか、いわば「運命にまかせて生きてみたチャンネル」。
自分の人生をかけて収録している心持ち。

社会の常識からしたら、なんてつまらない人だろう!としばしば自分に思う。ああしたら可愛げがあるのに、こうしたら評判がいいのに、わかってはいるけれどどうしてもできない。
これが私だもの、たいていそう思って、にやりとする。どうしようもない、私は私を生きるより他ない。
「社会の常識からしたら」のような「〇〇からしたら」に限定される私の枠に、拘束される必要は微塵もないものね。社会より先に存在する私なんだもの。裸の私はつまらないことない。
ただ、こういう生き方はえてして孤独。ひとり、そういうものと受け入れて、えっちらおっちら歩くのです。
雨が降り続けば流される他ないし、日照りが続けば干される他ない。そこでの私なぞ、小さなうねうねする微生物と変わらない。何億年単位で見れば、ほとんど変化のない「今年」、そのくらいのスケールで物事を観る方が、”わたし”は楽しい。
「運命にまかせて生きてみたチャンネル」
大層なことのようで、つまりは何をすることにもなっていない。
これがまたおかしい。

